星は何でも知っている


祖父はよくセレアスに言った。
迷いや不安を覚えた時は、夜空の星を見上げなさいと。
星は多くを知っている。人間達の過去も未来も。
星はその全てを語ってはくれない。
でも、本当に大切な事は必ず教えてくれると。
旅に出てから、セレアスは幾度も星空を見上げた。
そのたび星がセレアスに教えたのは―――。

「また星を見てるのか?」
夜風のような声が、星明かりに佇む美しい若者を呼んだ。
若者が振り返る。肩まである金色の髪が、星と同じ光を滑らせ、揺れた。
声の主を見つけると、若者は嬉しそうに笑った。振り返らなくても、よく知っている
相手だったから。
「竜樹さん」
黒髪の青年―――竜樹は、いつもと変わらぬ顔で頷いた。
全身をすっぽりと覆うローブ姿で、体型は窺えないが、長身である。
もっとも、そんな事よりもまず目を引くのは、射るような鋭い瞳と、恐い顔。
名前を呼ばれた時、少しだけ笑ったのだが、それと分かる者はいないだろう。
たった一人を除いて。
「そろそろ戻れ。明日も早いんだろう、セレアス」
「はい、分かりました」
応えるセレアスの笑顔は、とても優しい。竜樹の本当の姿を知っているからだ。
この小さな村に着いた時、村人達は竜樹を恐れた。でも、セレアスがあんまり自然に
竜樹といるから、恐怖が戸惑いに、戸惑いが興味へと変わり、夜になる頃には、酒場
に村中の人間が集まってきて二人を囲んだ。
娯楽の少ない辺境では、旅人の話も滅多にない楽しみだ。座は次第に盛り上がり、い
つしか飲めや歌えの大宴会となった。
終わってみれば死屍累々。うたた寝をしていた竜樹が目を覚ますと、セレアスがいな
い。それで探しに来たという訳だ。
セレアスは祖父に『星読み』を教わったという。星がセレアスに何を語るのか、竜樹
は知る事ができない。
「何が見える?」
隣に立って、同じように夜空を見上げながら竜樹が訊ねた。
「いろいろです。星は多くを知っています。何を読み取るかは、それを見る人間次第
  なんです」
そう言って、セレアスもまた星を見上げた。
星を見上げるセレアスの姿は精霊のようで、声を掛けるのが躊躇われた。それで竜樹
も、ずっと星を眺めるのだった。
「そう言えば竜樹さん‥‥‥」
ふと思い出したようにセレアスが訊ねた。
「あの時、何を占って欲しかったんですか?」
「ん?」
「ほら、初めて会った時ですよ」
言われてみて、竜樹も思い出す。18になったばかりのあの日、竜樹はラダトームで
占いをしていたセレアスと出会ったのだ。
それが偶然ではないと知ったら、セレアスは驚くだろうか。
「人を探してた」
「え?見つかったんですか」
竜樹は頷き、まっすぐセレアスを見つめた。
「こうして出会えた」
セレアスがきょとんと瞬きをする。
沈黙の後、セレアスは不思議そうに竜樹を見つめながら、おずおずと自分を指さして
竜樹に訊ねた。
「私‥‥‥ですか?」
「ああ。信じられないか?」
竜樹は笑った。
セレアスはしばらくの間じっと竜樹を見つめていたが、やがて首を振った。
「不思議ではないのか?」
「ええ。だって、私もずっとあなたに会いたかったんですから」
さらりと言うセレアスに、思わず聞き流しかけた竜樹だったが、言葉の意味を理解す
ると、驚きのあまり声を上げた。
「セレアス!おまえ―――」
知っていたのか、と。
言いかけたが、声にならない。
竜王の愛した人間。その生まれ変わりである事。
竜樹でさえもルビスに告げられるまで知らなかった運命を、セレアスが知っていたと
言うのだろうか。
「りゅ‥‥‥竜樹さん?」
よほど切羽詰まった顔をしていたのだろう。不安そうなセレアスの呼びかけに、竜樹
はハッと我に返った。
「す、すまん。その‥‥‥おまえ、俺を知っていたのか?」
ようやく言葉を継ぐ。
セレアスは頷き、竜樹の問いを肯定した。
「どうして‥‥‥」
驚きが重なり、それ以上は言葉にならない。
そんな竜樹に、セレアスはすっと夜空を指し示した。
「‥‥‥星?」
もう一度、セレアスは頷いた。星空を見上げ、願い続けたあの頃を思いながら。
ボストロルに狙われてから、セレアスはいつも一人だった。誰も巻き込みたくなくて、
いつしか人を避けるようになっていたから。
こんな日々がいつまで続くのか。孤独と不安の中で、セレアスは一人、夜空を眺めた。
そしてある時、『それ』に気付いたのだ。
「とても大きな―――今まで気付かなかったのが不思議なくらい大きな星が、私の側
  にありました。暖かくて、とても懐かしくて‥‥‥でも見つからない。こんなに近
  くに感じるのに」
セレアスは竜樹のほうを見て、少し照れたように笑った。竜樹は戸惑いと胸の高鳴り
に、ただセレアスの視線を受け止める事しかできない。
「だから何度も聞いたんです、あなたは誰なんですかって。星は答えてくれなかった
  けど、いつか会えると信じてました」
「セレ‥‥‥」
「あなたに会えて、とても嬉しい。そう思ってます、竜樹さ―――」
―――ふわり。
柔らかい、包み込むような竜樹の腕が、セレアスから優しく言葉を奪った。
セレアスが驚いて身じろぎするのも構わず、竜樹はしっかりと抱きしめる。
嬉しかったのだ、本当に。
竜樹がまだ地底城にいて、セレアスの事も、寂しいという感情さえも知らなかった時
から、セレアスはずっと竜樹を思ってくれていたのだ。
会いたいと、きっと会えると、そう信じて。
「‥‥‥俺も、会いたかった」
「竜樹さん―――」
セレアスは抗う事を忘れ、竜樹のぬくもりを、その言葉を受け止める。
本当は、竜樹の方はどうして自分を知っていたのか、聞いてみたいと思ったけれど、
今は止めておいた。いつか竜樹が話してくれると、そう思うから。
言葉が消えると、夜の静寂が二人を包んだ。
見守るのは、空に輝く無数の星たち。
二人の旅はまだまだ続く。少しの不安と、大きな希望を乗せて。
この先、どんな事が待っているのか。
星は全てを知り、しかし全てを語らない―――。
〜 了 〜


あとがき

久しぶりに書いた割には、ただの幸せ話です。
二人の話って、最初に書いたのは遥か昔。文章化した小説としては二番目という古いシロモノ。
竜王のひまごなんて、今思うと16×16ドット程度の動きもしないキャラだというのに、何を夢見てたんだか...。
それでも未だに好きなんです、彼らの事。おかげで今でも続けてます。
ちなみに、最初に書いた小説はビックリマン...(^^;)。

本編はいつ書けるやら。
書けるといいなあ。


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